2007ECR記 4 2007.3.11
(欧州における米国の存在、カフェのルーツ)
うつらうつらと目覚めつつ、今日も天気はよい学会三日目。ホテルの朝食ビュッフェがいつも同じ様なメニューなので、今日は外で食べることにした。ホテル周辺をうろうろしながら、店を物色する。ここウィーンでは夜遅くや朝早くにやっている店は少なく、せいぜいがファーストフード店である。ドアは開いてはいるが営業しているんだかいないんだかわからないような店もある。エンジェル大会??のようなわけのわからん行事のポスターもあった。少しさまよって見つけたのは Der Mann のお店。大きめのパンとコーヒーを注文して狭い店内で食したあと出撃。パンが固くて口の中を少し切ったのは秘密だ。朝一番のセッションにはまだ時間があるため、学会会場方面へ向かいつつ散歩することにした。つい昨日食事をした Gasthaus 近傍までぶらぶら歩く。ここまで来ると人はまばらだ。美麗な建物を背景に写真を撮りまくる。
その中で気になった施設がある。街頭でピックアップして街頭で返却するタイプの貸し自転車スタンド(無人)である。ちょっと登録すると無料で使えるらしい。そういえば、同じ様なスタンドが Schwedenplatz 駅周囲にもあったような気がする。これに乗って蘭と市内を回ったら楽しそうではあるが、公共交通が発達しているウィーンに置いては余り魅力を感じない。
さらにその向こうを行くと、バイク屋さん(開店遙かに前)があった。元々二輪車は好きで、学生の頃はバイクに乗っていたこともあって、興味をそそった。そのお店にはホンダの商品が主として置いてあるようだった。値段はそこそこだが、CBR系のバイクが多かったようだ。ちなみにお値段はCBR600Sが7990Eをディスカウント6399E。
ファイヤー柄のつなぎもディスプレイされていた。昨晩の Wienner wald とかでもメニューにあった geb. などの特有の略語。同じ様なファーストフード店があって、メニューと共にドイツ語の説明が書かれている。蘭は "geb" というのはセットメニューを表すものではないかという。
確かにその店のメニュー写真を見るとそのようにも思える。そういったことを話しながら歩く。もっと先には T-mobile の携帯ショップ、さらに行くと
ストリップショーのポスターが貼られた無人ショップがあった。女性が前屈して尻を大きく男に尽きだしそのまま結合しているという扇情的なイラスト。
のちのちも蘭にその話をしたら少し動揺していたので、蘭もそれなりに感じるところがあったのだろう。ついたのは、昨日ランチをしたGasthausの近く。ウィルヘルム像のところで写真を撮る。駅についてそこでしばしお別れ、蘭にウィーンのガイドブックを渡して私はそのまま会場へ向かった。
さて、本日午前中のセッション一発目は肺癌病期診断。ちょっと何かあったら陰影として写るがその区別が難しい肺病変。PETも含めて解説してくれたのがスペイン人のコンビであった。部屋のレイアウトが特殊で、細長いところにある程度以上の人数を詰め込むもんだからすぐそばに講師がいるのにモニターで拝聴するハメに。途中聴衆の答えを募るような場面も多数あったがそれがどの程度反映されているんだろう。案の定見えないところ(おそらく講師目の前の一群と思われる)で盛り上がってる。この講座でのメッセージとしては
・胸壁浸潤は切除の対象となりうる。が、各モダリティでの診断精度には限りがあるので所見の記述にとどめよ。
・N因子については明らかにPETが優位であるので、PETでN1-2→縦隔鏡(合併症~4%)で確認するのがよい。
・手術に成りそうな患者はすべてPET/CTを行うべきである。T4,N3,M1といった切除不能患者を除外する。
・MRIを副腎病変の鑑別に(これは少し古い;今はCTで十分と思われる)
・2/3の再発は胸郭外;最初の一年は3ヵ月後ごとにCT、以降は半年に一度。
・常に以前の画像と比較するべし。また、所見があった場合には再発以外の可能性も常に考えに入れておく
・セカンドプライマリーは年に1-2%、注意を払え
その後乳腺のMRI,そして大混雑のランチョンセミナーへ。ランチの箱の中には大雑把なサンドイッチとミネラルウォーター、ケーキ、バナナがざっくりと入っている。このミネラルウォーターはウィーンで売っているのをよく見かけるブランドのRoemerquelle。古くはローマ時代にさかのぼる「由緒正しい」飲料で、オーストリア・エーデンシュタールが水源らしい(当該サイト)。オーストリア市場1、2位の売れ行きであったが、2003にはコカ・コーラHBCの傘下に。今回のセミナーの主題はヨード造影剤と腎障害についてで、主役はビジパークという等浸透圧造影剤。元々はアマーシャム社というイギリスの会社で出していたものであるが、2004年にGEが買収。老舗と言えど国際的に流動する資本の風に晒されている。米国サブプライムローンの焦げ付き問題が欧州へ飛び火し株価の暴落を引き起こしたように、欧米間でのマネー往来は複雑怪奇かつ深い。外からの資本を「ハゲタカ」とみなして、司法も行政も全力で老舗企業を守ろうとする日本がこの先通用するのか。さて、ランチョンセミナーはGE主催であり、当然のごとくビジパークの大宣伝。イントロでアメリカ人医師が軽いジョークを交えつつ講師を紹介。講師は二人のイタリア人で、一応の「権威」のようだ。口角飛ばしながらいかにビジパークが優れているか暗に陽にしゃべり続けている。耳にやかましく不快に響くイタリア人の英語。うんざりしながらの一時間が過ぎた。
多少グロッキーになりつつ、蘭の待つホテルへ戻る。今日はシュテファンプラッツ界隈へレッツゴー。予めカフェの探索をしていた蘭が言うには、座っても誰も来てくれなかったりと、辛い思いをしたようだ。
ウィーンと言えば、カフェ。カフェと言えばウィーン。「コーヒーはエチオピアからアラビア半島を経由し、ウィーンにも攻め込んだオスマントルコ帝国に広まった」(日経新聞2007.8.4付け、NIKKEIプラス1S15)。ヨーロッパのカフェ文化はウィーンから始まったといっても過言ではなかろう。世界最古の新聞は1703年創刊の"Wienner Zeitung"紙であるが、当時新聞はコーヒー一杯の二倍以上の価格であった。その、新聞が読み放題とあってウィーンのカフェは魅力的であって、トロツキーやクリムトも通いつめた。かつてバブルの頃に、フランスかイタリアのアーティストが東京を評して「ヨーロッパは歴史の重みに押しつぶされそうになるが東京は日々変化する都市であり、そこが魅力である」と言っていた。無いものねだりは人情であり、数百年前から連綿と続く文化に限りない憧憬を感じると日本人の私としては思うのである。
まあとにかくカフェで一服しようということになり、いろいろシュテファンプラッツ近傍へU-bahnを経て到着。日差しは明るく汗ばむような陽気だ。多くの人々が通りを歩いている。列を組み大声で何かを歌っている女子学生。金銀いろいろアリの「彫像パフォーマンス」(Statue Street performer)などなど。黒くくすんだシュテファン寺院や石畳と好対照を成す「生」の証。今までも、これからもこの場所は未来永劫世界中から人々をひきつけ賑わうのではないか。そんな風に思わせる名状しがたい魅力がここにはある。せっかくだから写真を撮ろう。そう思ってシャッターを押してくれそうな人を蘭と物色。なんだか話しかけにくそうな人々ばかりだったが、まさにその人はそこにいた。ベビーカーに子供を乗せた若い夫婦連れ。すかさず歩み寄って、"Wollen Sie uns photographieren?"とおそらく変なドイツ語で声をかける。訝しがる旦那。すかさずその嫁が我々の意図するところを理解してくれた。そして記念撮影。
さて、行く先のカフェ。いくつかは既に蘭がめぼしをつけている。少し裏路地を入って行って様なところに様々なカフェがある。店を探しているときに見つけたのが銃やナイフをディスプレイしてある店。男としては沸き立つものを感じるが、これらは本物なんだろうか。サバイバルナイフのようなもの、拳銃や猟銃、ライフル銃のようなもの。もしかしたら玩具店なのかもしれないが質感はそこそこ。そうこうしているうちに、目当ての店が見つかるがなんとなく入りづらい。さらに探索を続けて見つけたのがBräunerhof Konzert-Café である。少し裏路地に入ったところにそのカフェはある。一旦ドアを開けてはいるとそこはもう歴史的な空間だ。19世紀の雰囲気そのままの内装で、右手には大量の新聞がファイルケースのようなものに挟んでおいてある。ほとんどはドイツ語のようだ。メガネをかけた、レンブラントの肖像画のモデルのようなウェイターに通され着席。なんとなく緊張する。妖しげなドイツ語で注文した後改めて店の中を見回してみる。おそらくは、1-2世紀前から、そしてこれからもこのような佇まいで来客を迎えるのであろう確固とした内装。少し蘭と話していると、3人組が室内楽の演奏を始めた。このような音楽を生で聴ける喜びはめったにない。まるで春の宵闇のような心地よさだ。そうしているうちに、水のついたコーヒーが運ばれてくる。隣のテーブルでは地元の人らしいカップルがカジュアルに楽しんでいるというのに、当方は緊張気味だ。そして、お勘定。チップが絡む支払いにはストレスがついてまわる。くだんの肖像画ウェイターがSechzehn und acht みたいなことをいうのでよし、チップ込みで17Eだな。おk…
と早合点して請求書に書き込む。Richtig と言うと、ハイジのロッテンマイヤーさんのイメージで片方の眉をピクリと挙げ、しかも目を丸くして "Danke Schoen" と言われた。少しビビリながら頭の片隅で再計算すると、チップとして彼にあげたのは200セント、このときのレートでせいぜい50円ぐらいだろう。まるでガキの使いだ。驚かれるのも無理はない。あー失敗、失敗という申し訳ない感情に責められ、蘭にその旨はなしてみる。「ま、しょうがないじゃん」というような調子で慰められる。こういうときの蘭はすごく頼もしく見える。
店の外に出るとまだ日は高い。春を50歩も100歩も先取りしたような陽気の下、蘭と別れて再び学会会場へ向かう。テーマはCT仮想大腸内視鏡だ。ターフバトルを考えなければ非常に有用な検査手段で、そんなに身構えることもないのにと思うが、一般的に内視鏡の下手な欧米消化器内科医にとっては倒すべき敵のように扱われているのだろうか。UKのハリガン先生がそのあたりの話をユーモアを交えて解説してくれた。仮に同等レベルのsens/specでも、CTの費用がはるかに高い当地では cost-effective analysis においては分が悪いようだ。
本日のECRはこれにて切り上げ。宿に戻り既に日の落ちたシュテファンプラッツ界隈へ蘭と繰り出す。目的はグラーシュ・ミュージアムだ。ここはウィーン名物と言われるシュニッツェルのほか、往年の二重帝国の香り漂うグラーシュを非常にリーズナブルな値段で楽しめる。ヴィエナ・シュニッツェルとブルスト入りグラーシュ、テーブルワインを頼み料理を待つ。そのとき、すでに懐かしい響きの言葉-日本語-を話す二人組みの男が入店した。我々の席の隣に座り、ウェイトレスさん(女二人で切り盛りしているかのような雰囲気がある店である)がオーダーを取りにくるもかなり戸惑っている。メニュー見て指差せばいいのだろうが、彼らは緊張しているのか半ば挙動不審人物のような言動だ。渡り船を出そうかと思ったが、いやみっぽいように思われたのであえてそうはしなかった。去年来た時ブルストのスタンドの脇で困ってる日本人女性旅行客に話しかけたら蛛の子散らすように逃げられたことがあったのも影響しているであろう。食事の後、店がすっかり閉まったシュテファンプラッツ近傍を散歩した。暗闇の中に照らされ、ディスプレイされる商品。なかにはじゅうたんや絵画、ニンテンドーDSまであった。そのとき、教会脇に停めてある馬車が目に入った。去年ECRに参加したときに、蘭と一緒ならこれに乗りたかったと蘭に言ったことを思い出す。まるで劇中の人物のように。そのことを蘭に指摘されて少しばつが悪い思いをした。






