Friday, August 03, 2007

いつかの、七夕奇譚

牽牛・織女の逢瀬を見るのならば、オーストラリアの方が適しているようだ。太陰暦の七月は現在の暦では8月であるが、太陽暦となってからは梅雨真只中であるからだ。その年の7月7日、私は「彼女」とケアンズのビーチにいた。この時期のケアンズはちょうど乾季で、常夏のリゾートに於ても過ごしやすいシーズンだった。元々この旅行は「彼女」の提案であった。前提として、未来は五里霧中の関係であったが、それでもその「彼女」とは数年続いていた。しかし、ここ数ヶ月掛け違いのファスナーが一端に達するかのように急速に不安定さと違和感が高まっていた。まるで梅雨空のような気持ちのまま、それを振り切るようにケアンズへの直行便に乗ってやってきたのだ。時期的に航空券は安く入手できるのだがお互いの仕事上の調整に少し手間取った。それでもようやく成田空港で待ち合わせ、「彼女」と落ち合ったときは安堵したものだった。



そして七夕の夜、ビーチ近くのホテルから連れ立って星を探しに行った。人気の少ない桟橋で、夜空を見上げると圧倒的な星の量で、天の川はまさに milky way という表現の如くうっすらと白く空を流れていた。日本とは星座の形が反対で見つけにくくはあったが、牽牛・アルタイルと、織女・ベガはまさにそこにいた。天の川に隔てられる古代のカップルは一年ぶりの逢瀬に何を思うのだろう。その絶景に魂が抜かれたようになり、「彼女」とどんな言葉を交わしたかは覚えていない。ただ、ホテルの部屋に戻り明け方近くまで激しく交わっていたのは体が覚えている。スリムで学生時代にバレーボールをやっていたというしなやかな「彼女」のボディライン、膣の位置・造形は私の体の凹凸とよく合致し、なじんだ。「体の相性」とはまさにこのことを指すのだろう。悩ましく部屋中に響き渡る嬌声は今思い出しても陰茎が反応するぐらいだ。朝日が差し込むけだるい雰囲気の中うとうととしていると、そっと彼女の囁きが聞こえたような気がした。夢の中のコトなのかもしれないが、一言「苦しい」と。

その後数日近傍の島へクルーズに出かけ、グレートバリアリーフをぼんやりと見ながらだらだらと過ごして旅を終えた。帰国後、成田から東京まで戻りそのまま駅で別れた。電車の扉が閉まり、動き出しても「彼女」はまだこちらを見て手を振っていた。私も手を振り返そうとしたがすでにホームを離れ「彼女」の姿は見えなくなっていた。ふと服のポケットを見ると、おそらく現地で買ったのであろうポストカードが入っていた。みると「彼女」の字で「ありがとう、一生忘れられない旅になりました」と書かれていた。胸のざわめきが起こったが、旅の疲れにかき消された。翌日からはもう出勤だ。溜まっていた業務に忙殺された一週間が過ぎ、「彼女」の携帯に電話を入れてみたが「この番号は現在使われておりません」。焦燥に駆られながら、「彼女」のマンションに行くと既に居を払っていた後であった。何も痕跡を残さず、私の前から忽然と姿を消した。心のどこかではこうなることは判っていたのかもしれないが、いざ現実のものとなると虚脱感にとらわれた。

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